yuibachanのブログ

100歳まで心は乙女を目指すばあさんの日記

俵を担ぐ女性


ネットで凄い写真を発見しました。
1俵は60㎏だから5俵300㎏を担いでいる女性の写真(◎_◎;)
凄いというより、虐待?






虐待ではないかと思ったので調べてみました。
これは山形県庄内地方の「5俵かつぎ」という写真でした。この「5俵かつぎ」について、昭和の初めごろの雑誌において写真撮影された女性がインタビューに答えており、「撮影のために行っただけで、普段はやらない。上からどんどん積まれて一歩も動けなかった」と答えていたとのことです。虐待じゃなくて、ホットしました。



山形新聞 昭和59年9月29日(土曜日)朝刊においても女性のインタビュー記事が掲載されていたようです。


写真については、「山居倉庫に飾っているモノクロ写真の一コマ」とあり、
インタビューに答えているのは、「阿部ナヲ江さん、70才」


「実は二俵はもみがらが入っていたんです」
「あくまでも観光用の写真撮影だったんです」
「当時、女では酒田一の高給をもらっていた」等々



5俵かつぎが虐待でなかったとしても、当時、40人の「女仲仕」と呼ばれる女性たちが、倉庫前の舟着場から蔵の中まで急な坂を行ったり来たりして1日一人平均千俵のノルマをこなしていたことも掲載されていたようです。千俵とは60000㎏。想像もできない仕事量です。
1日一人平均千俵のノルマ。やはり過酷な状況で酷使されていたとしかいいようがないです。


この当時、1俵つまり60 kgの米俵を担ぎあげて運ぶことができれば一人前の労働者とみなされたそうです。1俵は労働者一人が担いで運ぶ量であり、2俵は馬一匹の積載量であったとか。
タイなどの海外ではいまだに60㎏袋が米の流通に使用されているらしいのですが、重労働に慣れない現代日本人には60 kgの米俵を扱うことは難しく、出荷流通の米袋は「半俵」の30kg入りの紙袋包装が普通となっているそうです。力持ちならよいというものではありませんが、体力がなくなって行くのは困りますね。




1日一人平均千俵のノルマ。気が遠くなりそうです(◎_◎;)




上の写真は、山形県酒田市の山居倉庫の資料館に展示されている写真です。
酒田市はドラマでおなじみの「おしん」の舞台になったところです。弟が生まれてくるため、おしんは口減らしのために伊東四朗さん扮する父に米1俵で奉公に出されてしまいましたね。おしんは苦労しましたが、米俵の運搬をしなかったのは幸いでした。伊東四朗さんといえば「てんぷくとりお」時代が懐かしいです😊





通勤途中にある「せせらぎ緑道」には、イネが植えられたプランターがあります。
イネの穂がとてもキレイです。おしんの時代と違ってお腹いっぱい白米が食べられる私たちは幸せです。












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